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2004年11月23日 (火)

スレイヤーズ論

スレイヤーズを語る困難さは、南総里見八犬伝を語る困難さに近い
富士見ファンタジア文庫――神坂一。そして2人の天才と2人の秀才
 まず、福岡のラジオ番組(ゆかりんがアシスタントをしていた番組)で神坂一好きを告白したことがあるんで、自分は「認めたくないものだな」とは思ってません。
 出遅れた感じはあるけど、かつてはそれぐらい好きだったので、「スレイヤーズ論」に参戦したいと思います。スレイヤーズはアニメ化されたせいでキャラクター人気の部分が強いと思いますが、自分が好きなのはサイエンス・ファンタジーだったところです。
 最初はガンダム+剣と魔法のファンタジーだったと思うんですよ。でも、「裏をかく」面白さをファンタジーで再現しようとしたときに、魔法に理屈がついてきたんだと思うんです。ロードスの魔法も理屈があるけど、魔族や精神世界面の設定を充実させたことで、より深いものになっています。「何か偉大なもの」の力を借りて魔法を使うというのは、ロードスの他にも多くのファンタジーで散見されるものですが、「何か偉大なもの」に人格を持たせたのはスレイヤーズが初めてではないでしょうか?
 オーフェンがスレイヤーズの後継と見られたのは、キャラ描写+音声魔術の理屈だったと思います。ドラゴンに人格があるし、テーマも世界の成り立ちだったり、共通点が多いんですよね。あと個人的にですが、スレイヤーズの直系には『風の白猿神』があると思っています。スレイヤーズをサンライズのロボットものに回帰させた感じがするんです。強さを理屈で示し、魔と交渉し、おそらくテーマは世界の成り立ちだろうと思わせるところなんか、富士見直系でしょ?(よくよく考えると、富士見ファンタジア文庫って「世界の成り立ち」がテーマのライトノベルが多いのかなー?)
 スレイヤーズが「キャラ描写」と「魔法理論」で成立していたとすると、「落ちもの」と同じようなフォーマットはないですよね。落ちものは「キャラ配置」と「状況設定」で成立するものだからフォーマットが存在するのであって、描写とか理論なんてフォーマットにしようがないと思います。あえてフォーマットにすると、「鋼の錬金術師」みたいになるのかな?(ハガレンってスレイヤーズ2巻っぽいと思うんですけど、いかがなもんでしょ?)

※滝川羊さん、『風の白猿神』の続きを書いてるんなら読ませてほしいぞ。

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