現状報告
完全につぶれて、実家に引きこもっております。
Xにアカウントをロックされてしまいました。社会的に殺された感覚です。もはやほとんど死んでいますね。
●私は何者だったのか?
30代以降にずっと発達障害者だと考えて生きてきました。正直、発達障害者というのは間違っていないと、今でも思っています。検査をしてますが、ちょっと検査結果には疑問があります。評価してもらっていないから不満と書かれているのですが、そうではないんですよね。うまくコミュニケーションをとれず、非常に不安が強く、計画や段取りのできず仕事に影響が出すぎるのがきつい感じです。
そして、自閉スペクトラム症(ASD)はグレーゾーンなのですが、自閉スペクトラム症(ASD)の特性はかなり強いと思っています。
たぶん、現状病名とは認められていない『発達性トラウマ障害』が最も近いのではないかと思います。『複雑性PTSD』と似た概念です。過干渉はありますが、虐待を受けたとかそういうのではなく、生まれつきの脆弱さがものすごいタイプなのだと思います。幼稚園の頃に「普通の人になりたい」と考えていて、現在、考察すると、これって完全に“自己否定”で、自分軸がなくなっているのだと思います。
幼稚園の頃に、周囲のお友達と比較して何もできないんですよ。体幹は弱いですし、雲梯もブランコもできません。常に寝そべっていたように思います。体幹が弱いのは自閉症あるあるだと思います。まともに立ったり座ったりできていないんですよね。
さらに、生まれつき対人緊張が強すぎるタイプだったのだろうと思います。そして、フリーズ反応を示すんですよね。応答はできるのに、話しかけることが難しい。人と会話しているときだけでなく、人と対面しているときは常に緊張しています。
自律神経について調査した際に見つけられなかったのですが、『ポリフェーガル理論』という理論によると、副交感神経にも2種類存在するらしいです。それが「腹側迷走神経」と「背側迷走神経」で、通常副交感神経と思われているものが腹側迷走神経です。そして、背側迷走神経がフリーズ反応を示す自律神経ということのようです。人体の構造って非常に複雑ですね。
フリーズ反応って、一般の方ですと、手に汗を握ったり頭が真っ白になったりする反応です。交感神経によって起きる“闘争・逃走反応”よりもより強い反応で、動物で言えば「もう殺してくれ」となっている状態です。このフリーズ反応が、私の自閉スペクトラム症の特性を覆い隠している可能性が非常に高いのではないかと思います。
動けないと人間の日常生活を送れないため、どうやら対人緊張が強すぎても動けようです。そのときの様子は大人から見ると、「おとなしい」「素直」ということになるようです。
フリーズ反応が強すぎるため、結局ひとりで過ごすことが多かったように思います。
そして、さらなる問題が私の脳に起きます。
人の顔がわかりません。記憶には残っているようなのですが、想起できません。顔と声を統合させて、目の前の人物を特定しているようなのです。
これは幼稚園の頃よりわかっていたのですが、今回、なんと人だけでなくモノも想起できないことがわかりました。そして、視覚だけでなく嗅覚や触覚などの五感および自分自身の体の感覚も想起できないようなのです。そりゃあキョロキョロするし、自動車の運転はできないし、階段で足を踏み外しますよ。
自閉スペクトラム症(ASD)の「想像できない」ってそういうことではないですよね。自閉スペクトラム症より状態が悪いのではないかと思います。
五感イメージがないことを次第に理解してきたのですが、これには伏線があって、どうも私はほとんどエピソード記憶がないようなのです。五感イメージが働かないことで、エピソード記憶の元となる材料がないのではないかと思っています。
注意欠如多動症(ADHD)と診断を受けていますが、ADHDで不足している記憶はワーキングメモリで、短期記憶だったり、短期記憶よりもさらに短い時間保持する記憶のはずです。エピソード記憶は長期記憶で、認知症で問題となるような記憶です。
私は大学に進学していますが、勉強はどうしていたのかというと、「意味記憶」が正常に働いていたのでしょうね。それでも記憶力が相当に悪いなと感じていましたが。
そして、ここまで記憶力が悪いと、人の名前を想起できません。目の前の人を認知できても、その人の名前がわからないのです。より一層ひとりになるような行動をとることになります。
さらに都合が悪いことに、発達障害にありがちな不器用さも持ち合わせており、自力で着替えると非常に時間がかかっていたので、お友達に手伝ってもらっておりました。特に、女の子がお世話してくれるんですよね。この結果、フリーズ反応が強化されてしまった可能性は非常に高いように思います。どうしてよいかわからず、体は緊張で固まっており、相手の名前もわからず会話もできないので、なすがままです。
ここまでおかしいと、幼稚園の頃の私自身も気付いてしまいます。「私はおかしい」と気付いてしまったのです。自己を否定して、自分軸を失ってしまったのだろうと思います。
そんな折に、押しの強い友達から何か言われたのでしょう。なぜか誕生日会を開くことになります。そのときに父親を自慢したかったようで、誕生日会で自動車をつくると言ってしまったような記憶があります。しかし、当然自動車をつくれるわけもなく、できあがったのは段ボールの自動車でした。
その誕生日会、私は寝込んでいるのです。噓を言ったことになるので、誕生日が近付くことを恐れて、高熱を出しています。明らかな自滅です。
そして、おそらくそれ以降、「未来を見ること」を極端に恐れるようになったのだろうと思います。
これが明確にわかっている最初のトラウマなのだろうと思います。些細なことなのに、未来を見なくなったわけです。
さらに、どうやら幼稚園の頃の記憶の方が強く残っており、最近の記憶はほとんど残っていません。最近の記憶は短期記憶のリレーみたいな感じなんですよね。通常の人間の記憶とは異なる記憶の仕方をしています。
小学1年生のときは、出席番号1番から順にすべてのクラスメイトの名前を丸暗記した記憶があります。そして、仲が良かった友人は、母親同士の仲が良いクラスメイトと、なぜか転校してきたクラスメイトなんですよね。二人組をつくるときに、私は余っていたとしか思えません。
では、「なぜ大学まで行けたのか」なのですが、母親がすべてをお膳立てしていたのですね。この膳立てがないと、私の学力は途中で身に付かなくなっていたものと推測します。また、小学校や中学校など受験しているのですが、仮にもう少し賢くて遠くの学校に進学していたら破綻していたものと思われます。
私の学力は、作られた学力みたいなものです。幼稚園の頃にIQが高かったようなのですが、これもまた疑問が大きいんですよね。勉強ができるような家庭じゃないのです。子どもの頃は事情があって両親は大学に行かなかったのだろうと思っていましたが、そもそも大学に行くような血筋ではないようです。祖母は「トンビが鷹を生んだ」と言っていたようですが、私は突然変異ということです。
小学2年生か3年生の頃には、すでに「記憶が悪くなったなあ」と感じていました。意味記憶が限界に達していたんだと思います。
「未来を見ない」「記憶がおかしい」という状態ですと、当然計画を立てられませんし、段取りなんてできません。実行機能や遂行機能と呼ばれる生きるための能力は一切育たなかったと思われます。
夏休みの宿題は、高校生になってもやっていなかったと記憶しています。逆切れしてボールペンで回答したような記憶があります。小学校のときの絵日記が最も苦手で、ウソ絵日記をつくっていたはずです。
私は小学生のときに剣道をしていました。この剣道が曲者で、緊張感を高める効果が非常にあったのだろうと思います。フリーズ反応を非常に高めてくれたのではないかと思います。さらに、私は身長が低くて、運動神経が非常に悪い。剣道をするには不適応なのです。
母親に「剣道に行きたくない」と訴えていますし、剣道の直前に何度か腹痛になっています。それでも、私の訴えは小さく力が弱かったのでしょう。
走ると喘息になりますし、泳ぐと息継ぎできません。さらに、嫌いな剣道が毎週やってきます。その結果、立派な“運動嫌い”が誕生してしまいます。この運動嫌いが「不眠症」に発展します。
中学生のとき、遅くまで塾に通っていた記憶があります。勉強すると脳がかっかしてしまうようで、塾のあと眠れないのです。実は剣道のあとも、運動したあとなのに眠れなかったような気がしています。
さらに、その頃にパソコンを譲り受けて、プログラミングをしようとしたもののまったく太刀打ちできず、ゲームばかりしていました。その結果、真夜中までゲームをやってしまい、オールナイトニッポンを2部まで聞くような不眠症の子どもができあがってしまいました。
高校生になって少しだけ改善したような気もしますが、不眠症は不眠症です。3時頃眠れたら御の字です。さらに、目覚まし時計を使って、自力で起きられません。
この状態で大学に進学したものですから、授業に出席すらできないわけです。昼夜逆転現象が頻発してしまいます。
授業中やバスや電車では眠れるので、不眠症という自覚はありません。「不眠症」という言葉も知らなかったと思います。夜に「眠れない」という自覚だけがあります。
パソコン通信で見たのかな? どこで知ったのかはわかりませんが、オナニーすれば眠れるということを知ってしまいます。単位をとって大学を卒業するために、私はそういう生活を送るようになります。
朝は何とか頑張って起きました。大学時代はかなり起きれていません。頑張って起きるようにしましたが、それでも会社で社会人失格と何度も叱られたような気がします。
大学院時代に私はダウンしています。ここまではまだ理解できる範囲なのですが、このダウンが理解不能です。
大学は自分のペースで動けたのですが、大学院時代に指示・命令を受けるという、人生で経験したことがないことを受けます。
その結果、自律神経の“闘争・逃走反応”と、背側迷走神経の“フリーズ反応”が両方急激に高まってしまったのでしょう。脳が耐え切れなくなってしまいます。正直何が起きたのかわかりませんが、脳の偏桃体が過剰な興奮状態になった可能性が高いと思います。『脳の過活動』と今回は言っておきます。自力で冷静さを取り戻せず、コントロール不能となってしまったのです。
それから、何かが起きて「抑うつ状態」と呼ばれるところまで回復します。おそらくですが、貧乏ゆすりをすることで脳の偏桃体が少し冷静になったあと、何日も寝込むことで「抑うつ状態」まで回復できたのだろうと思います。
このダウンによって、いったんギブアップしてしまいました。それでも大学院を卒院させていただいたので、感謝しないといけませんね。隣にいた大学院生の先輩が怒っていたなあ。棚が破壊されていたので、相当に怒っていたのだろうと思います。
このときは私は「虚弱体質」だと思っていたはずです。
大学院の助教授と大学の助教授が異なるのですが、このときは大学の助教授に相談したと認識しています。助教授は息子さんの話をされて「きついきついと言いながらも働いている」という話を聞いたように思います。私も「きついきつい」言いながら働くことになるのかと落ち込んだ記憶が何となくあります。
このとき、大学病院を紹介してもらいましたが、精神安定剤か睡眠導入剤をもらっただけでした。『発達障害』という言葉も知られていない時代ですし、『脳の過活動』の説明を頑張っても何もわかってもらえないでしょう。
(『脳の過活動』に関しては現代医学でもわかってもらえないと思います)
この『脳の過活動』は30代にもう1回発生し、今回再度発生します。30代の『脳の過活動』が発達障害の検査のきっかけです。
30代の『脳の過活動』は貧乏ゆすりができて、たまたま長期休暇があって寝込むことができたのでしょう。今回は、脳梗塞の後遺症で貧乏ゆすりが封じられて、寝込むところまでたどり着きませんでした。貧乏ゆすりできていたとしても、睡眠導入剤を服用するようになっていたので、これまで通りに「抑うつ状態」まで回復できたのかは疑問が残ります。
今回の『脳の過活動』では、脳に高電圧をかけてしまいました。ブレインクリニックの広告を見たせいです。TMSなので磁力を利用した治療をやっているのですが、見間違えてEMSで電気を使ってしまったんですよね。それもかなり念入りに。説明書に電圧が記載されていませんでしたが、ネット情報では250V以下と書かれているのでかなりの高電圧だと思われます。本来足の筋肉に刺激を与える健康器具ですし。
脳に高電圧をかけたあと、睡眠導入剤で軽く眠ったら不安感が高まったような気がします。急激に不安感が高まりまして、新幹線に乗ることが怖くなってしまいました。
現状、睡眠導入剤では脳がパチパチとなって入眠できなくなってしまいました。別の睡眠薬を使用していますが、睡眠薬を服用して眠気があると脳がチクチクと締め付けられるような感覚があります。
強い睡眠薬を服用して6~8時間程度眠れると、少しずつ不安感が弱まってきました。しかし、同時に記憶もなくなってしまうので、記憶と結びつかない不安感だけが残ってしまっています。記憶と切り離された不安感って「きつい」「つらい」「イライラする」って感じです。
一時期死にたくなっていましたが、それは乗り越えたような気がします。しかし、生きたいという感覚もありません。「いなくなりたい」という感覚が強いです。
そもそも『脳の過活動』には再発リスクがあります。さらに、『発達性トラウマ障害』だったとして、これはトラウマなのかということです。
中学生時代にいじめられていたことを今回思い出しました。当時、いじめられていたことに気付いていませんでした。プロレス技でかなり激しく、頭をコンクリートの床に打ち付けられたような記憶が蘇りました。おそらく解離性健忘が起きていたのでしょうね。しかし、誰にいじめられていたのか明確に思い出せません。
あらためて思うのですが、これってトラウマなんでしょうか? 体に記憶されているような気がするので、トラウマといえばトラウマなんですかね? トラウマだった場合、トラウマ治療を行う必要がありそうなのですが、相当難しいような気がしています。
〇ドラフト2025
何をやっても楽しくないので、とりあえず毎年やっているドラフト評価をやってみました。
2021年のドラフト評価の詳細ファイルを削除してしまっているようで、復元できないかなと思って調べてみましたが、非常に難しそうなのであきらめた方がよさそうです。
| 順位 | 球団名 | 評価 |
|---|---|---|
| 1位 | 阪神タイガース | 93.00点 |
| 2位 | 千葉ロッテマリーンズ | 87.68点 |
| 3位 | 埼玉西武ライオンズ | 82.62点 |
| 4位 | 中日ドラゴンズ | 75.71点 |
| 5位 | 広島東洋カープ | 75.54点 |
| 6位 | 読売ジャイアンツ | 71.90点 |
| 7位 | 東北楽天ゴールデンイーグルス | 69.82点 |
| 8位 | 東京ヤクルトスワローズ | 67.50点 |
| 9位 | 福岡ソフトバンクホークス | 67.00点 |
| 10位 | 横浜DeNAベイスターズ | 65.33点 |
| 11位 | オリックス・バファローズ | 63.21点 |
| 12位 | 北海道日本ハムファイターズ | 57.67点 |
ドラフト評価なんてこの体調でやってよいものじゃないですね。そもそもドラフト評価することすらやっちゃいけない人間だったような気がします。すごい上から目線な行為ですしね。
阪神は過去最高点じゃないかなあ? 今回は選手情報がよくわかっていないので、高校生を厳しめに採点していると思います。飛ばない金属バットに変わって、高校生の評価もだいぶ変わりましたね。
『ドラフト会議で指名された甲子園の星達』というサイトをよく利用させていただいていたのですが、更新が止まっています。管理されている方も体調が優れないのかもしれませんね。

